2004/12/04

実際にやってみること

先日、「思わず頷いてしまう「いやな法則」」11.30/「GOING MY WAY」さんを読んで、大いに頷いてしまったので、元記事(元リスト?)の「いやな法則」を読んでみました。
「実際にやる」ことで生まれてきたことばには、理屈より前に身体の方が反応して、まさに「頷いてしまう」。

そして、今日は、「作れる、作る、作った」12.02/「いやなblog」さんを拝読しました。この記事のことばにも深く頷いてしまいましたし、紹介されていた寺田寅彦著の「科学者とあたま」(青空文庫)を読み返してみると、忘れていたことばかりで、やはり感銘!

せっかくの素晴らしい文章なので、他の方の目にもとまるように、「教育(総合)TBピ−プル」にトラックバックで、紹介させて頂きますね。

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2004/11/06

アメリカ大統領選挙で考えたこと

 CNNjBBCなどで2004アメリカ大統領選挙(投票は、日本時間11月2日夜から)の様子を見ました。
アメリカは、「民主主義」の擁護者を自負していますが、「さすがアメリカ」というほど立派な「選挙」というわけでもないような...、というのが率直な感想です。

「州ごとに概ね人口比率によって定められた数の選挙人を(どちらの票を投じるものとするかを)選ぶ」という間接選挙ではあっても、大統領を決める選挙に一票を投じ、国民が自分の意志を示せるのはいいと思いました。
しかし、投票システムはかなりずさんで、不正選挙の誘因にもなっています。
また、選挙はお祭り騒ぎの側面も強く、3回のテレビ討論も、イメ−ジや失言などが関心事のようで、「イラク戦争」を具体的にどう終息させていくのかといった本当に大切な問題については、あいまいなままでした。
(そして結果は、ブッシュが再選されて、なおがっかり。)

1.「民主主義」は、機能している?
日本の選挙でも感じる事ですが、民主主義国家では、本当に素晴らしい「民主主義」が履行されていると言えるのでしょうか。

「民主主義」、国民主権というのは、本当に大切な政治概念です。
しかし、「民主主義」の基本的なル−ルである「選挙」・「多数決」というのは、うのみに信頼できるものなのでしょうか。
お金などの問題をおこした政治家が、「選挙」を越えれば、「みそぎ」が終わったなどと言います。
与党が国会において「過半数=多数」を占めていれば、どんな法案も、国民への説明が不十分でも、世論に反対があっても、野党の抗議があっても、「多数決」によりどんどんと決まってしまいます。
その政党、その政治家は、国民が「選挙」で選んだのだから、これは「民意」だとまで言われると、何か変だと思わずにはいられません。

2.「多数決」の意味は?
「選挙」も、投票の「多数」によって選ぶわけですが、国会における議案も「多数決」によって決められます。「多数」によって選ぶ・決定するとは、どういう事を意味しているのでしょう。

「多数の人がよしとすること」というのは、「多数の人が利益になる(と考える)こと」ではないでしょうか。
例えば、「教育の国家予算を削減する」かどうかを決める時、学齢期の子供がいない、これから学齢期を迎える子供がいない、教育費は自分で出せる(むしろ自分の企業・業界に公費をまわして欲しい)、といった人々は、その議案に賛成するでしょう。
学齢期の子供がいる、教育費を自費で出せないという人は、反対するでしょう。
必ずしも、「すべての子供に教育を保証する」という人権上の観点から考えて、「多くの人が正しいと考えること」を選ぶわけではない、というのが現状のように思えます。
ジッド著の「狭き門」ではありませんが、天国に至る門は狭き門であり、正しいこと、善いことを選ぶ人、選べる場合は、むしろ少ないのが現実ではないでしょうか。

「多数」とは、「力」です。ケンカ(=戦争)になれば、「多数」が有利なわけです。だから現実は、ケンカを避けて「多数決」で国を「治めている」にすぎないのではないでしょうか。「数の暴力」ということもありうるのです。
そこで、「少数意見の尊重」ということが非常に大切になると思うのですが、これは現実では、十分に行われていないように思います。
また、民意が安易に利益に流れないように、正しい方向へ民衆を導くリ−ダ−が必要なわけですが、それが、国会議員?総理大臣?...「民主主義」をダメにしているのは誰なのかが見えてくる気がします。

3.「多数決」には、「少数意見の尊重」がセットでこそ、「民主主義」では?
子供の頃の学級会などの多数決は、正しいことを選ぼうとしていたと思います。「多数決」が、「多くの人が正しいと考えること」を選ぶ・決定することに努めるという理想的な社会であれば、本当の「民主主義」が成立するかもしれません。しかし、現実社会、政治における多数決は、利益本位のようです。
民主主義国家である日本では、政治は「民主主義」、経済は「資本主義」のシステムで行われていると学びましたが、現実は、政治も経済も「資本主義」で動いていると思われてなりません。

学校では、偏った「政治教育」や「宗教教育」をしてはいけない事になっているため、結局はほとんど「政治教育」・「宗教教育」が行われていません。「社会科」で「政治」の基本的なしくみについての教育が行なわれていますが、現実の政治を取り上げてというのは、ほとんど不可能となっていると思います。でも、これでは、現実社会を見る時に困るのではないでしょうか。「政治」や「宗教」を教育する場合は、教育上の配慮が必要なことは確かですが、特に、国際社会になって、「政治」や「宗教」についての知識、思考力、判断力は不可欠です。

「政治」や「宗教」に関しても、若者が正しい知識、思考力、判断力などを身につけて、なにがなんだか分からないうちに、目に見えないものにだまされない事を願います。

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2004/10/07

blog、HPの英語翻訳

ついに、「ごきげん」が国際社会対応版に!

スミマセン、大げさです。
英語翻訳を貼ってみただけです。[:おばけ:]
右サイドバ−上部の、サ−チ・ボックスの下にある

English Here

です。(翻訳に少し時間がかかります。)

いえ、以前から、記事の要旨だけでも、英訳を付記できたらいいのになあ...と思ってはいたんです。でも、

それほどの英語力があるだろうか?
それほどの記事だろうか?


ところが、「excite翻訳 あなたのホ−ムペ−ジを英語に」なるものがあるではありませんか。早速貼り付けてみました。簡単に作成、貼り付けできます。
翻訳の出来は、アレかもしれませんが、以前に比べるとかなり能力アップしていますよね。海外からアクセスされる、まったく日本語を知らない方にまで理解して頂けるかどうかは分かりませんが、日本在住で、いくらか日本語を分かる方なら、ヒントとして使って頂けそうです。
自分で英語の翻訳してみよう、という気になった時にも、ヒントに出来ますよね。うひゃ。

という事で、教育に関心のある方にも、お役立ちかもしれないので、教育(総合)TBP にトラックバック!

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2004/09/08

基礎的でやはり大切な事

 「週刊!木村剛」さんの記事「資格取得は『必勝の方程式』か?/08.27」を興味深く拝読した。
○ 「定員割れ」背景に就職予備校化する大学
○ 大学のフトコロ事情と受験者の進学意識
○ 「必勝の方程式」など最早存在しない
という章立てだ。(詳細は本文参照。→資格取得は「必勝の方程式」か?

1.「就職難」の実態と正体
 この記事を読んで注意を喚起されたのは、大学に「就職率の高さ・就職指導」よりも「資格や免許」を望んでいるという大学受験生の意識のありようだ。
 電通が行なった「受験生の大学進学に関する意識調査」という調査結果がある。(−中略−)また、「大学を選択する時の重視点」として、「自分の学びたいことができる大学」(94.8%)、「将来就きたい知識や技術が身につく大学」(88.3%)「自分が学びたい分野の評価が高い」(80.7%)、「将来就きたい職業に必要な資格や免許が取得できる大学」(79.5%)という回答が多くなっており、「就職率が高い大学」(61.0%)、「就職指導が充実している大学」(57.8%)といった回答は必ずしも上位にあるわけではない。
「資格取得は『必勝の方程式』か?」より
 受験生が単に「資格や免許」を望んでいるというのであれば、その理由は、「就職難の時代に就職・転職を有利にするために」ということが推測され、疑問は感じなかっただろう。まさに、木村氏の言う「将来の保証」を求めているということに他ならない。
 だが、「将来の保証」を求めるなら、なぜ「就職率の高さ・就職指導」はそれほど求めないのだろうか。「将来の保証」を求めるならば、「就職率の高さ・就職指導」をも求めるのが、「近い将来の保証」として当然ではないだろうか。

 実際、大学の就職指導・担当者の話として、就職難といわれながら、就職活動そのものに身の入らない学生、はっきり言えば就職活動をしない学生が現れているらしい。と同時に、今は就職難と言われるが、その気になれば「職を選ばなければ」とまでもいかずして、就職できないことは無いという。そして一方で、就職しても、リストラによってではなく自らの意志で、短期間で仕事をやめてしまう若者が、正確な割合はわからないけれども、増えているそうである。
 つまり、大学新卒者に関して言うならば、いわゆるフリ−タ−になる人の割合が多い原因は、単に雇用がない、求人がないといういわゆる「就職難」だからという理由のみによっては理解し難いということになる。

 大学新卒者・受験生の「就職難」とは、求人・雇用が無いため(だけ)でなく、大学新卒者・受験生の就職意欲・勤労意欲に課題がある、という「就職難」ではないだろうか。


2. 大学受験生・大学新卒者の「就職難」な意識
 つきたい職業も定まらないし、どうしても就職したい、しなければという気持ちも起きない。すぐに定職に正社員として就職せずとも、保護者の庇護のもとに、あるいはフリ−タ−として、一時期をしのぐことはできる。しかしながら、将来への漠然とした不安はある。何かの時に役に立つかもしれないので、「資格と免許」は取れるものなら取っておきたい。
 私の勝手な推察なのだが、受験生、大学新卒者の意識は、もしかすると上記のような傾向もあるのかもしれない。
 また、先の引用の「資格や免許」以外の上位の項目に目をやると、「できれば自分のしたいことをしたい」「保証のある事をしたい」「指導はあまり望まない」といった意識も感じられる。それは、マイナス点ばかりとは言えないが、就職難と言われる状況下にあって、近い将来に対しても、その先の将来に対しても、意欲的な姿勢や切迫感を持ち得ないでいるのではと思わせる。


3.「就職難」意識の問題点
 もちろん、明確な目標と意欲を持って「資格と免許」を目指している若い方々がいらっしゃるのも確かである。
 しかし、もしも現在の社会環境が、彼らに上記のような意識を抱かせる傾向があり、またそれが拡大方向にあるならば、これは当事者も教育関係者も社会も、注意すべき問題ではあるまいか。
 「就職する=働く」ということは、食べていくことであり、経済的自立であると同時に、生き甲斐を得ることであり、社会と接して社会への目を開き社会に参加する(つまり社会人となる)方法として最もポピュラ−な道である。若者が働く意欲、意義、希望が見いだせないということは、若者は社会に生きる意欲や意義、希望が見いだせないでいるということに通じることになる。
 昨今のニュ−スを見れば、家庭、学校、企業、地域社会、国家の政策などに、制度あるいは倫理の破綻や崩壊を示すものが少なくない。若い人々がそれを感じていないはずもなく、社会への希望や意欲をあまり持てないでいるかもしれないと危惧してしまう。
 就職意欲がわかないという問題は、現実的な問題としては、経済的な問題に直結するのだが、根の深い問題としては、人の心の問題、社会の問題が懸念される。


4. どうすればよいのか
 となると、それでは、一体どうしたらよいのかという事になる。
一つは、若者が夢や希望が持てるように、また、落ち着いて堅実な努力ができるように社会環境を整えること。もう一つは、若者が社会的な困難や不条理に直面しても、夢や希望、地道な努力が無意味だと投げやりな気分にならず、前向きな意欲を持てるように、若者自身が努力すること、周囲が力を注ぐこと。即ち、基本に立ち返った教育及び学習を充実させることであろう。

 ここで、若い人々に特に気に留めてほしいこの記事の結論部分を引用させて頂く。
 これからは、大学も会社も政府も自分を守ってくれない。いい大学に入るとか、資格を取るといった一時の栄光が、未来永劫自分を守ってくれるということは最早ない。時代がどう動こうとも、他人に評価される自分たりえるよう不断の努力を行うということしか自分と家族を護る術はない。資格や肩書で飯を食える時代ではなくなった−−それが厳しい現実なのである。
「資格取得は『必勝の方程式』か?」より
 木村剛さんのようなエキスパ−トであり、時代の最先端を歩む方が、「不断の努力」という基礎的で実直な事柄を、若い人々が生きていく上で必要不可欠な重要なものとして改めて提示して下さったことは、本当に心強い。
 最近の社会の動向は、ある問題に対して対処療法のみで事足れりとし、「不断の努力」といった基礎的で根本的な対策の重要性を顧みない場合が多い。対処療法も差し迫った現実に対するには必要であり、否定できない場合は多い。しかし、それだけでは明らかに不十分なのである。根本的な対策を先送りにすることが、重大な悪い事態を引き起こし、若い人々の夢や希望を奪ってしまっていると思う。根本的な対策というのは、時間を必要とする。今のような時代だからこそ、基礎的で実直な事柄の重要性を誰もが意識すべきと思う。

※この記事のトラックバック送信先  「資格取得は『必勝の方程式』か?」(週刊!木村剛)さん、TBピ−プル「教育(総合)」

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2004/08/28

バナー自動作成で作りました

トラックバックピープルの話題(テーマ)、「教育(総合)」を左のサイドバーに貼っているのですが、バナーがでるようになりました![:グッド:]
tbp00285-0

モダシンさんのトラックバック・ピープルを解説した記事「トラックバック・ピープルの裏話」に、
ちなみに「話題」の作成なんですが、テーマが同じでもバナーが違えば申請許可する方向でやっています。バナーは自分のサイトに貼るものなので、できるだけ自分の好きなタイプのバナーを選べるようにしたいと考えています。
とあって、「アチャ!これは、バナ−重視だゾ。それも楽しそう。・・・で、でも私はバナ−を作った事なんて無いヨ。」と、ちょと困っていたのです。

共通のトラックバックピープルのバナーを使う事もできますが、バナーを登録できる個数が3個と決まっていて「一度アップロードした画像は変更できない」ことになっているので慎重になりました。共通バナーもオーソドックスでシンプルなのでご希望の方があるかもしれません。でも、他のテーマのところのように「教育(総合)」の文字いれた方がわかりやすいとも思うし...。もしかしたら、後日、このテーマが成長したら、バナーを作って下さる方があるかも...(期待!)。その時に数的に登録できない事態を避けるため、やはり「教育(総合)」という文字のはいったバナーをなんとかと考えていたら、便利でありがたいサイトさんを見つけました。

HP作成支援「ロゴ&バナー無料自動作成」のAUTO LOGOさん

おかげで、バナーできました。
他にシンプルな背景(バナー台?)や、写真の背景、文字の種類、いろいろ選んで作れます。ただし、一人で長時間独占しないで欲しいシステムだそうですので、複数作る方はまた次回に利用して欲しいそうです。
達人の方も多いと思いますが、もしもトラックバック・ピ−プルのテーマを立ち上げて、私のようにバナー作りに困っている方がいらっしゃるようでしたら、使ってみてはいかがですか?ロゴやボタンも作れて、サイト・タイトルも作れるようでした。ちなみに他の同様のサ−ビスへのリンク集もありましたよ。

それで一応はできましたが、トラックバック・ピープル「教育(総合)」のバナ−を作って下さるというありがたい方いらっしゃいましたら、ぜひ作って下さい。わかりやすいのがいいと思います。よろしくお願いします。また、バナーもできた事ですし、トラックバック・ピープル「教育(総合)」の活用もよろしくお願いしますです。

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2004/08/23

山本博選手の健闘に寄せて

甲子園とオリンピックにたくさんの感動をもらっています。
甲子園では、北海道の駒大苫小牧が優勝しましたね。
駒大苫小牧、打撃戦制し初優勝 済美の春夏連覇ならず(asahi.com)
大変な接戦でした。

オリンピックも悲喜こもごもです。ドラマが多すぎて書ききれませんが...。

 柔道は、今までの努力が花開いたかのように多くのメダルを取りました。
ヤワラちゃんこと谷選手が、あのケガにも関わらず金メダルを連取。
そして、オリンピック以外の国際大会では優秀な成績を残していながら、オリンピックでは2度も初戦敗退という苦汁をなめてきた阿武教子選手の渾身の金メダル。

 もちろん深く心に焼き付いたのは、金・銀・銅のメダルを手にした勝者達の姿ばかりではありません。
金メダルを期待されながら、メダルに手が届かなかった井上康生選手。
前回の金メダル故にこれまで練習以外の事柄にも時間を割かれ、気を使う場面も増えていたに違いありません。日本選手団の主将としての責任も負っていました。
日本選手団主将の決意(asahi.com)
まさに、勝ち続ける事の難しさを考えさせられました。
 他のすべての選手にもメダルの有無に関わらず多くのドラマがあり、オリンピックに出場できなかった選手にもそれは同様であろうと思います。

 ア−チェリ−で銀メダルを取った山本博選手の言葉が言い得て妙です。
「銅メダルを取った時から、20年かけて銀メダルを取った。また20年後に、今度は金メダルを取ります。」
41歳山本、20年ぶりメダル/ア−チェリ−(Yahoo!スポ−ツ)
「中年の皆さんに『おれも』と」 ア−チェリ−銀の山本(asahi.com)

 私は思いました。
すべての選手の今の結果はみな道の途中なのだと。
その努力し続けている道半ばの姿が私に感動を与えてくれたのだと。

 そして試合中継の解説者の方がおっしゃっていました。山本博選手は、大宮開成高校の教諭で、生徒を指導しながら練習をしてきた。山本博選手は、このオリンピックで後進の若い選手達とプレ−できる事をとても楽しんでいて、後に団体戦があるのでここですべての力を使い果たすような事はしていないだろうと。

 一流の選手は、他の人が質問してきてもオ−プンに教えてくれるものだと聞いた事があります。
また、教育学の教育原論では、人間の成長過程において、それぞれの時期に自立や協調といった成長目標があると言いますが、最終目標は「後継者の育成」ができることだそうです。家庭の主も、企業のトップも同じでしょう。豊臣秀吉の例を持ち出すまでもなく、どんなに栄耀栄華を極めようとも後継者の育成がうまくいかなければ、幸福とは言えない場合があります。
 個人も、日本という国も、そして世界も、それぞれの個の現在の状況は、道の途中の一状況に過ぎず、たゆまぬ努力こそが尊く、次の世代を育てる事なしには今あるほどの幸せも足下の危ういものであると改めて感じるオリンピックです。

 まだまだ、これからの競技も応援するよ!!!

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2004/08/22

blogを足場にblog巡りの便利さ

 blogのテンプレ−トが完成形とは言えなくとも、やっと納得のいくものに近づいてきました。やっぱり好みのデザインでないと、落ち着かないみたいです。でも、また使っていくうちにああしたい、こうしたいが出てきてしまう気はします。あぁ...。[:汗:]
 3カラムは、私にとっては以前から切望していたスタイルなのですが、読者にとってはゴチャゴチャして見づらいスタイルなんでしょうか?ですが、サイド・バ−が際限なく下へ伸びていくのもスクロ−ルするのが使いづらいし、折畳みスタイルも開くのが一手間だし、といった理由で私は個人的には3カラムが好みです。

 ホスティング・サ−ビス型のblogでは2カラムが多く、iblogやMovable Typeなどで、ご自身でblogを構築されている方には、3カラムの人も多いように思いますが、何か使う人の意識の違いがあるのでしょうか。
 JUGEMで行われているJUGEM TEMPLATER 同盟に、期待大です。個人が作ったテンプレ−トをJUGEMのユ−ザ−が利用できるように公開するというものですが、JUGEMの利用者でなくても参加できるそうです。デザインのいいものがたくさん上がっているみたいですよ。

 私はblogの管理者でありながら、専らblogの読者タイプのようだと思うのですが、blogを読む足場としてblogを持つこともとても有効だと思います。普通は、よく読みにいくところをブックマ−クやお気に入りで管理するものでしょうが、なかなか煩雑になりやすいものです。それが自分のblogのリンク集というのはとても使い勝手がいいです。同じ理由で、RSSリ−ダ−もブラウザ−と別に立ち上げるのはちょと面倒。(特に、Macの人は、無料のRSSリ−ダ−の種類が少ないです。FirefoxならばRSS対応で超便利ですけど。)RSSを使ったBlogPeopleやMyblogListなら、自分のblogに設置して、更新状況がわかるので読んで歩くのにとっても便利です。
 blogの読者向けのblog(テンプレ)ってないかなあ?それって変な発想かな?でも、ブロガ−は、blog管理者であり、blog writerであり、blog readerでもあるよね?

*この記事のトラックバック元 「JUGEM TEMPLATER 同盟」(daiskip in jugemさん)

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2004/08/06

広島・原爆の日

人の感覚というのは、不思議なものだ。
「戦争はいけない」ということには誰もが共感するのに、
「平和運動」という言葉には、時には気分の重さを感じたりする。

しかし、
戦争が悲惨なことは間違いない。
非戦闘員も殺される。
男も女も子供もお年よりも赤ちゃんも。
兵士だって死ぬのが平気というわけではない。
戦争は、国家が発動する。
徴兵されて、嫌でも殺されたり殺したりするのだ。
イラクに派遣された自衛隊には女性自衛隊員の姿もあった。
男女平等社会だから?

「命の尊さ」が十分にわからない、感じられない子供達がいる。
いや、子供達だけではないだろう。
学校で「命は大切です」と言っても、
生徒・児童が「わかりました」と言っても、
それで十分でないことを大人は知っているはずだ。
普通の暮らしを守るためには努力がいる。
平和を守るためには努力がいる。
今日は、59 回目の広島原爆の日。
戦争のこと、原爆のこと、他人事ではない。
皆が話をしてほしい。

原爆のことをあまり知らない人もいるだろう。
アメリカと戦争したことを知らない高校生もいる。
「エッ?日本がアメリカと戦争したの〜? で、どっちが勝ったの?」
「アメリカだよ。」
「だろうね−。」

多くの人に知ってほしい。
あの日、火傷でお互いの姿が分からなくなっていた母子。
あの瞬間、原爆ド−ムの近くを歩いていたのに、
気がついたら何キロも離れた場所にいたという人。
あの日以来、帰って来ない、跡形もない人々。
遺体があふれる川に熱い身体を冷やしに入り、
渇いたのどを潤すために川の水を一口飲んで、
息絶えていった人々。
河口から海に流れ出ていった遺体も少なくない。
今も、魚を絶対に食べないという人がいる。

アメリカ人は、
9.11のテロがあった NY 世界貿易センタービル跡地を、
「グラウンドゼロ」と呼ぶ。
それを聞いた時は、とてもショックだった。
「グラウンドゼロ」とは、爆心地のことだ。
私にとってこの言葉は、ずっと、広島・長崎の原爆・爆心地を指す言葉だった。
そして、アメリカはテロとの戦いと言って、イラク戦争を始めた。

人にはいろいろな感じ方、考え方がある。
しかし、事実はひとつ。
事実を知り理解するためにも、今日という日について話をしてほしい。

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2004/08/01

Livedoorさんの就活課題

いつものようにちょと遅いと思うのですが、面白い記事を見つけました。[:グッド:]
前の記事(「魅力あるblogサ−ビスとは?」)で、魅力あるblogサ−ビスの条件として、そのblogサ−ビス内のユ−ザ−のコンテンツ・テキストの充実度も大事な要件なのでは?と書いたのですが、それと関連していると思いました。
Livedoorさんに就職するための活動をしている学生さんの記事「ライブドア就活記2/Qのとんでもない夏ライブドア就活記」です。Livedoorさんの就活の課題は・・・なるほどと。記事に付いたトラックバックやコメントも興味深く拝読しました。
(この記事一つだけでなく、他の記事もblogを考えるのに面白いと思いました。)

*この記事のトラックバック元 ライブドア就活記2(Qのとんでもない夏ライブドア就活記)さん、魅力あるblogサ−ビスとは?(ごきげん)

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2004/07/11

参議院・議員選挙する

 今日は、参議院・議員選挙。
 私は、投票しに行こうと思っている。
あまりに社会不安が増大しているから。
これはもう、政治は他人事ではありえない。
国民自らがどうにかしなければ、どうにもならない。
だから、選挙に行こうと思っている。

 メディアでも、「選挙に行きましょう」と言っている。
今回の選挙の争点として、
年金問題、イラク・自衛隊派遣問題、憲法改正問題
と多くの重要な課題をあげ、
「投票に行って、国民の意思を示そう」と言っている。

 メディアさん、それはそうなんだけど、オピニオン・リ−ダ−としては、甘くない?

 国民は、政治にだまされていると感じていると思う。
「政治を誰がやっても同じ」
「投票しても何も変わらない」
「投票したいような人が立候補していない」というのは、そういうことだと思う。

そして、それこそが今の政治の問題点に違いない。
自分が投票した人・党が勝利してさえも、政治はなかなか変わらない。
日本の政治・政治家が、
隠したり、ごまかしたり、だましたりして、
日本を搾取し、日本の国民をないがしろにし、
国民は投票しても無力感が漂う。

 それでも、私は政治を変えたい。

 政治家や政治の問題点は、かわりに地方や企業に利益をもたらすからと、
ある意味、長年容認されてきた。
しかし、もう限界。
 倒産・経営破綻、失業問題、少子高齢化社会、介護問題、食の安全、少年犯罪、親子間殺人、テロの危険・・・、いずれも政治と無関係ではない。
 日本人はがんばってきたはずなのに、これほど社会不安が増大しているというのは、むしろ、不思議なくらい。
 政治が普通に機能していれば、もっといい日本になっていたはず、
くらいの気持ちがする。

 日本の政治は、国民の意思を見事に反映しない仕組みになっている。
人権後進国日本。
それでも、政治家が一番心配するのは、やはり、選挙みたい。
当選すれば、禊だなんだとすぐに勝手に立ち直るけど。

 投票で、せめて一国民としての意志を示すという気持ちを超えて、
主体的に、投票が私の政治活動だから、私は投票に行こうと思う。

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