2006/12/16

国家を見る目

 前の記事で記載させて頂きました署名については、

「【アピール】公述人・参考人として教育基本法案の徹底審議を求めます」への市民緊急賛同署名
 重複などをのぞいた署名総数は18084人でした。本日午後、参院特別委に提出しました。大勢の皆さんのご賛同、ご協力、本当にありがとうございました。
教育基本法「改正」情報センター
(注:本日は、13日のことです。)

という結果でした。ありがとうございました。
 12日の深夜2時、3時台に、大学生・大学院生はもとより、兄弟と思われる高校生や、中学生、小学生まで署名しているのを見て、こんな時間まで何をしているのだろうと心配になったり、そんな時間に署名をしている気持ちがいろいろに推し量られて胸にこたえたりしました。他には、教育関係者の方が多かったのは予想通りでしたが、無職の方、年金生活者の方、アーティストなど表現者の方、病院職員の方、会社員の方など、多くの方々が刻々と署名されていました。

 ご存知の通り教育基本法改正法案が昨日、参議院で可決されたことは、本当に残念、無念です。しかし、改正・教育基本法はどう考えても、教育基本法であるとは思えません。

 「や」は夫婦善哉の哉さんの、「海外での報道」で知ったのですが、

海外では“patriot bill”と呼ばれているとの件
BBCの報
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/6153314.stm
「や」は夫婦善哉の哉さん/「海外での報道」より引用)

とのことです。まさに、教育基本法は廃止され、「愛国者法」が制定されたのだとしか思えません。こんな手順での法改正はとても認め難く、改正前の教育基本法をなんとか取り戻したいものです。

 政府及び与党は、やらせのタウンミーティングで世論誘導をするという不正な手法を用い、また最後まで、なぜ改正が必要なのかということすら明らかにせず(できず?)、十分な審議を尽くさないまま、国民への説明も不十分なまま、教育内容に国家が介入するという違憲の法改正を成立させたわけです。

 防衛庁を「省」とし、自衛隊の海外派遣を本来任務へと格上げする省昇格関連法も参議院で可決、成立。
 加えて、共謀罪は継続審議と、憲法改正へそして戦争が出来る国家へとの歩みが着々と進められています。
 もしかしたら、日本国内の日本人こそが、この動きを客観的に感じられないのかもしれません。いろいろな意味で危機が高まることが予想されるこれから、国際感覚もますます必要になりそうです。(ちなみに、防衛庁が省に昇格したことを伝えるBBCの記事は、→「Japan upgrades defence's status」)

 政財界が手に手を取って、戦争への道を開こうとするのは、お金が儲かるからにほかならないでしょう。国民、市民が国家に任せていれば大丈夫、と思っていられた時代は終わったのだと感じます。権力への監視の目が必要です。主権在民を国が保障しないなら、国民自身が守らなくてはなりません。国家が国民の教育に介入し内心にまで立ち入り、思想・信条の自由を侵すなどあってはならないことです。国民は国家の道具でも、奴隷でもありません。
 そして今、確実に個人にある力は、やはり「選挙権」であると思います。いつも以上に次の選挙での一票が大切な気がしてなりません。

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2006/12/11

署名の呼びかけ

「【アピール】公述人・参考人として教育基本法案の徹底審議を求めます」への市民緊急賛同署名を始めます

西原博史(早稲田大学教授)
廣田照幸(日本大学教授)
藤田英典(国際基督教大学教授)

という電子署名の呼びかけがありました。

続きを読む "署名の呼びかけ"

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2006/11/25

教育基本法改悪についての参照サイト

 前の記事「教育基本法改悪に反対!(2006/11/23)」を書いていて、以前も教育基本法についての参照サイトのリンク集を作っていたのを見つけました。備忘録として記載。よろしかったらご参照ください。少し前の記事もありますが、教育基本法改正法案の成立の経過も見えて参考になるかもしれません。(06/05/24ごろ作成)

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2006/11/23

教育基本法改悪に反対!

一市民として意志表明をします。

現在、参議院の「教育基本法に関する特別委員会」で審議されている、教育基本法改正(改悪)に反対します。



続きを読む "教育基本法改悪に反対!"

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2005/07/04

ひめゆり入試問題(4) テーマ

/青山学院高等部・英語一般入試(2005.02実施)について


1。テーマを読み取る

 基本的に、論文は、序論・本論・結論という構成を取り、序論において、まずテーマ(主題)を提示するのが通常である。
しかし、この問題文の小論は、構成が変則的であり、またテーマを明示した部分がない。そこで、テーマを把握するために全文から「読み取る」ことをしなくてはならない。


テーマを読み取るために、この問題文のパラグラフ(段落)構成を、一応、

序論  <第1パラグラフ>
本論ー1<第2パラグラフ>
    <第3パラグラフ>
    <第4パラグラフ>
  ー2<第5パラグラフ>
結論  <第6パラグラフ>

として、検討する。


1−1。序論 <第1パラグラフ>

<第1パラグラフ> 概要
日本は、唯一の被爆国であり、私達、すべての日本人は、戦後生まれの人々でさえ、再び同じ間違いをおかしてはならないと世界に伝える責任がある。
戦後60年が経過し、戦争体験者から直接、戦争体験やメッセージを聞くことができなくなってくる。
そうなったら、私達は、どのような方法で戦争体験やメッセージや願いを次の世代へ伝えることができるだろうか。


 この問題文には、「テーマを明示した部分がない」と前述したが、「明示していない」とは、「はっきりと書いていない」ということである。
はっきり書いていないとしても、論文が存在するということは、テーマは存在すると思われ、この問題文においても、筆者は<第1パラグラフ>において、テーマを示そうとしているようだ。

 パラグラフ・ライティング(段落の書き方)の基本の一つかと思うが、このパラグラフにおいても、終わり部分にこのパラグラフのまとめ、要旨、テーマへの手がかりを示している。それは、「問いかけ」の形になっている。

(問いかけ1)
「そしてごく近い将来に、おそらく20年もしないうちに、私達は、戦争についての直接のメッセージを少しも聞けなくなるだろう。そうなってから、どのような方法で私達は私達の数々の体験やメッセージそして願いを次の世代へ伝えることができるだろうか。」

反語的に一つのテーマを暗示する「問いかけ」という方法がある。
「私達は、今、環境問題について考えなくてもよいだろうか。」という問いかけが、実は、「私達は、今、環境問題について考えなくてはならない。(考えるべきだ。)」というテーマを暗示している場合などだ。
この場合、疑問文を肯定文に直せば、完全なテーマが浮かび上がってくる。テーマを読み取りやすいので、暗示といっても、かなり明示に近い形といえるだろう。

しかし、(問いかけ1)は、そういう「反語的な問いかけ」ではない。
(問いかけ1)に対しての答えを考えるなら、「〜という方法で、戦争体験を伝えることができる。」という形になる。読み手は、「〜」の部分にいろいろな方法を入れることができる。
筆者がテーマとして主張しようとしている方法は、そうした複数の方法なのか、それとも何か具体的な方法を提言しようとしているのか、読み手にはわからない。この時点で、「〜」は、「〜」のままである。従って、この問題文は、序論にテーマを明示しているとは、言えない。

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2005/06/19

ひめゆり入試問題(3) 和訳

ひめゆりの証言に関する英語入試問題
/青山学院高等部・英語一般入試(2005.02実施)について

やはり、和訳がないと考えにくいので、拙訳(;_;)をアップすることにしました。
原文に即した直訳です。


<第1パラグラフ>
 1945年8月の第二次世界大戦の終戦からすでにほぼ60年が過ぎた。ええ、もちろん、あなたはある程度いくらかの人々にとっては、戦争はまだ終っていないと言うことができ、それで ”ほんの” 60年が過ぎたにすぎないとも言うことができる。いずれにせよ(ともかく)、私達は、この一時代(世代)について考えなくてはならない。私達は、この重要な体験を忘れるべきではない。日本は、原爆を体験した唯一の国である。私達、すべての日本人は、戦後生まれの人々でさえ、再び同じ間違いをおかしてはならないと世界に伝える(語る)責任がある。しかし思い起こせば、60年が過ぎたのだ。年々、私達は、戦争を体験した人々と死別していく。そしてごく近い将来に、おそらく20年もしないうちに、私達は、戦争についての直接のメッセージ(伝言・教訓)を少しも聞けなくなるだろう。そうなってから、どのような方法で私達は私達の数々の体験やメッセージそして願い(望み、希望)を次の世代へ伝えることができるだろうか。

<第2パラグラフ>
 昨夏、私は忘れられないテレビ番組を見た。本当に、それは衝撃的だった。それは第二次世界大戦の終戦記念の特別番組だった。それは、ある作家の戦争体験が元となっていて、多くの老いた兵士のコメント(解説)があった。その兵士達の多くは80代後半で、ステッキの支え無しでは、震える体を保つことができなかった。その番組は、兵士の数々の遺体を少しも隠さなかった。私は、そのような場面に対する(心の)準備が無くそれを見続けられなかったので、他の番組にチャンネルを変えた。私は、そういう映像が有効たりうることがわかった。他方では、私は多くの人々が私が感じたのと同じように感じるだろうと思った。しかし驚いたことに、数日後、私は新聞にある老婦人の投書をみつけた。その投書で、彼女はその番組に感銘を受けたと述べた。「あの映像を見せてくれてありがとう。私達は、間もなく言葉で戦争を説明する(描写する、表現する)ことができなくなるでしょうが、私達は、言葉を使わなくてさえ何かを伝えることができる。私達は、事実を示す(見せる)ことを恐れるべきではありません。」この手紙を読んで、私は高校時代のある体験を思い出し始めた。

<第3パラグラフ>
 それは、沖縄への修学旅行の間に起きた。滞在中に、私のクラスは、戦争時からそのままに残された古い防空壕を訪れる機会があった。誰もがそれぞれの明かり(懐中電灯)を持ち、そして洞窟の中へと高齢の案内人の後についていった。洞窟の中に入ると、暗くて湿気ていた。そこは、戦争当時からほとんど手を加えられていなかった。そこは、都会の子供たちにとっては、かっこうの遊び場であった。私達は誰かが滑って転ぶとお互いに笑った。私達は私達の声の反響を楽しんだ。「ここでキャンプができたら面白そうじゃない?」と誰かが言った。そう、それは本当によさそうに聞こえた。その時高齢の案内人が言った。「それでは、皆、明かりを消して。」最後の明かりが消えると、暗やみが出現した。まっ暗だった。誰も何も言わなかった。何も「言えなかった」のだ。「これが戦争です。私達がこの洞窟で望んだただ一つのことは戦争を生き抜くことだった。私は二度とそれを体験したくない。」私達は帰り道で、誰も話さなかったしもちろん誰も笑わなかった。私は、外の光を見てどう感じたかを、そして洞窟からやっと出てどれほど神に感謝したかを、まだ覚えている。私は、何人かの少女(女生徒)達が泣いているのを見て驚かなかった。言葉はあまり多くなかったが私達はあの体験が意味することを理解した。まさにその瞬間、私は、ツアー中に、なぜその高齢の案内人があまり話さず、私達の質問にほんのわずかな言葉だけで答えていたのかを理解した。

<第4パラグラフ>
 それから私達はひめゆり記念公園へ移動した。私達は洞窟のことを忘れ始めていたけれども、まだ多くを語らなかった。というのも、私達はおそらくより衝撃的でさえある、いくつかの話を聞かなくてはならいかもしれないので、少し恐くて神経質になっていたからだ。その通りに、ひめゆり学徒隊で生き抜いた老婦人が私達に語った話は、衝撃的で戦争の強いイメージを与えた。しかし本当のことを言うと、私には退屈で私は彼女の話に飽きた。彼女が話せば話すほど、私はあの洞窟で受けた強い印象をなくした。私は、彼女が相当何回も、あらゆる場合にその話を語り、そしてその話を語るのがとてもうまくなっていることがわかった。彼女の話はすらすらと、母親が赤ん坊に語る添い寝の時の物語のようだった。もちろん、私の何人かの友人はその話に心を動かされていたので、私は彼女の話が何の意味もないと言うわけではない。

<第5パラグラフ>
 事実や体験を次の世代へ伝えることは重要な仕事である。しかしどうやって?そうする最もよい方法は何だろうか?もちろん最も明確な方法は「言葉」を用いることである。言葉の力は偉大である。しかし問題は私達がどのようにその言葉を理解するかだ。もしも聞き手が話し手の考えを理解しなければ、よい話でさえ言葉の羅列にすぎなくなる。もう一つの問題は、もしも話し手の意見があまりにも強すぎると、それは異なるメッセージを与えるかもしれない。昨夏中国で開催されたサッカーのアジア杯を覚えていますか?多くの中国人が日本チームにブーイングをしました。おそらく彼らの多くは、彼らの両親から戦争の話を聞いて日本人について独自の考えを作ったのだ。もちろん私達は彼らが彼らの両親から得た情報が間違いだと言うべきではないが、正確に言って彼らの両親は彼らに何を言ったのか?そして、どのように言ったのか?

<第6パラグラフ>
 私が書いたように、私達は、いつか戦争についての直接のメッセージを聞くことができなくなるだろうが、その代わりにいくつかの他の方法がある。時々あなたは言葉なしで最良のメッセージを送ることができる。あなたが青山学院高等部の生徒になったら、あなたは修学旅行で長崎を訪れるだろう。あなたは、原爆を体験した人々の話を聞く機会があるだろう。その時あなたはどのようなメッセージを受けとると思いますか?



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2005/06/14

ひめゆり入試問題(2)

前回に続いて...
この入試問題になにか重要な問題があると感じたので、問題文をきちんと分析して、指摘・検討したいと思いました。しかし、時間がかかりすぎるので中断。以下、私が感じた問題点をメモ的に列挙。


沖縄戦、平和活動、平和教育の認識
修学旅行のあり方
公にする文章の特性とマナー
入試問題の意義
入試英語問題の意義


問題文に即して、

1. 問題文全体の論旨・論理構成のゆがみ、ぶれ
2. ネガティブ、センシティブ、シニカル
3. 否定的な言語観
4. コミュニケーション(対話)の欠如
5. 対話や愛情(思いやり)の欠如からくる孤独、閉鎖性

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2005/06/13

ひめゆりの証言に関する英語入試問題について

ひめゆりの証言「退屈」 入試の英語問題に記述 東京・青山学院高/琉球新報/06.10・Yahoo!ニュースより引用

 私立青山学院高等部(東京)が今年2月に実施した入試の英語科目で、元ひめゆり学徒の沖縄戦に関する証言について「正直に言うと彼女の話は退屈で、わたしは飽きた」との記述を含む問題を出題していたことが9日分かった。県内では「戦争の悲惨さを分かっていない」「配慮が欠けていたのではないか」との批判の声が上がっている。
 問題は一般入試で出題され、1057人が受験した。高校時代、沖縄に修学旅行で来た人の感想文を読み、設問に選択で答える形式になっている。筆者は問題で、戦時中に使われた壕の中を体験、ひめゆり平和祈念資料館で証言を聞いた。「正直に言うと彼女の話は退屈で、わたしは飽きた。彼女が話せば話すほど、洞くつで受けた強い印象が薄れた」と記されている。

 このニュースをテレビで知った。そのニュースで高等部長が「これは、英語の読解の問題なので、内容(の読み取り)は関係ありません。」といった主旨のことを話しているのを聞いて、問題の根の深さを思った。
 その後のテレビや新聞での報道を見ると、時間の経過と共に反省・謝罪の姿勢が増しているようだ。ぜひ、教育機関および教育者として、今回の件から問題点を明らかにして教育のあり方について見直しをし、よりよい教育活動に反映させてほしいとお願いしたい。

 なお、この問題文の作成の経緯は、

出題に怒りと悲しみ/「ひめゆり」入試問題/06.11/沖縄タイムスより引用
 同校によると、試験問題は昨年七月から半年間かけて作成。ひめゆりに関する英文は、教員の一人が自身の高校時代の修学旅行で同館を訪れた際の感想を基に書いた。その後、他の三人の教員とともに検討、部長が決裁した。大村部長は「表現に疑問の声もあったが、全体の意見にならなかった。英語として適当かどうかの検討に時間を割いてしまった」と釈明。「報道を見た東京や沖縄の方々からも『沖縄の歴史や現状を知らないのか』と多くの厳しいおしかりを受けた」と説明した。

 とあり、問題を指摘されている箇所も、生徒の感想文ではなく、問題作成に当たった四人の英語教員のうちの一人の教員の高校時代の感想に基づいて書かれたもの。

 わたしは、この問題の原文を数回(4,5回)ほど読んだ。メディアは、この青山学院高等部の英語の入試問題に、元ひめゆり学徒の方の沖縄戦に関する証言について「正直に言うと彼女の話は退屈で、わたしは飽きた。」などとする記述があった点を問題として指摘している。戦争の悲惨さに対する無理解、沖縄戦に関する証言をしている元ひめゆり学徒の方への配慮の無さなどは、確かに大きな問題だ。
 しかし、この英語問題の原文を読むと、問題点はそれだけにとどまらないことがわかる。多くの方に、この問題の原文を読んでいただきたい。

原文(pdfファイル)設問の解答例/inter-edu.

pdfファイルを開けない方は、こちらで読ませていただいてください。

【社会】「怒りと悲しみ感じる」 "戦争体験談、退屈"入試問題文で、元ひめゆり学徒 /06.11/nec ulla magis res aliena quam publica

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